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京都地方裁判所 平成10年(ワ)632号 判決 1998年11月16日

原告

右代表者代表理事

右訴訟代理人弁護士

井上博隆

長野浩三

被告

協同組合Y1

右代表者代表理事

右訴訟代理人弁護士

田中彰寿

宮川孝広

被告

株式会社Y2

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

田中伸

主文

一  被告協同組合Y1は原告に対し、三五〇万七三一七円を支払え。

二  原告の被告協同組合Y1に対するその余の請求及び被告株式会社Y2に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを八分し、その一を被告協同組合Y1の、その余を原告の負担とする。

四  この判決の第一、第三項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告協同組合Y1(以下「被告Y1組合」という。)は原告に対し、二七四七万四一一七円を支払え。

2  被告株式会社Y2(以下「被告Y2社」という。)は原告に対し、九八万三〇七九円を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら共通)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(賃料債権)

(1)  被告Y1組合は、平成八年一二月一日から現在まで、訴外株式会社a(以下「a社」という。)から別紙物件目録≪省略≫記載の建物の一、二階部分を月額賃料二四九万七六四七円で賃借している。

(2)  被告Y2社は、平成八年一二月一日から平成九年二月一五日までa社から右建物の地下一階部分を月額賃料六四万〇一四五円で賃借していた。

2(取立権限)

(1)  原告は、a社の被告Y1組合に対する賃料債権のうち、差押命令送達の日以降支払期の到来する分から一億四三〇五万九一〇〇円について、また、a社の被告Y2社に対する賃料債権のうち、差押命令送達の日以降支払期の到来する分から四五一一万一四〇〇円について、平成八年一二月一六日、抵当権に基づく物上代位により債権差押命令を得た。

(2)  右差押命令は、同月二六日にa社に、同月二〇日に被告Y1組合及び被告Y2社にそれぞれ送達された。

(3)  よって、原告はa社に対する送達後一週間の経過により、次の被差押債権について取立権を取得した。

3(被差押債権)

被差押債権は、賃料が月末翌月分払いとしても、少なくとも次のとおりの額である。

(1)  被告Y1組合分

月額賃料二四九万七六四七円に平成九年一月分から平成一〇年三月分までの一五か月を乗じた三七四六万四七〇五円

(2)  被告Y2社分

月額賃料六四万〇一四五円について平成九年一月一日から同年二月一五日までの一か月と一五日分(二月分は日割計算)の九八万三〇七九円

よって、原告は取立訴訟によりa社が各被告に対して有する賃料請求として、①被告Y1組合に対し、既に支払を受けた平成九年一月分から四月分の賃料合計九九九万〇五八八円を控除して、同年五月分から平成一〇年三月分までの賃料合計二七四七万四一一七円の、②被告Y2社に対し、平成九年一月一日から同年二月一五日までの間の賃料(二月分は日割)合計九八万三〇七九円の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

〔被告Y1組合〕

1 請求原因1(賃料債権)の(1)のうち、賃料が月額二四九万七六四七円であることは否認し、その余の事実は認める。

被告Y1組合はa社に対し、平成九年三月四日、同月分からの賃料を月額一七四万八三五三円に減額する旨通知してあり、月額賃料は右額に変更されている。

2 同2(取立権限)の(1)、(2)のうち、被告Y1組合に関する部分は認め、(3)の主張は争う。

3 同3(被差押債権)の(1)の事実は否認する。

〔被告Y2社〕

1 請求原因1(賃料債権)の(2)の事実は認める。

2 同2(取立権限)のうち、被告Y2社に関する部分は認める。

3 同3(被差押債権)の(2)のうち、賃料月額は認める。

三  抗弁

〔被告Y1組合〕

1(建築協力金返還請求権の存在)

被告Y1組合はa社に対し、昭和五六年四月二四日、本件建物の建築協力金として次のとおり金員を貸し付けた。

(1) 金額   二億一七八八万円

(2) 据置期間 一〇年間

(3) 返済方法 平成四年四月から平成一三年四月まで毎年四月二三日に元金は均等に分割し、経過利息を付して支払う。

(4) 利息   据置期間中は無利息とし、同期間経過後は年二パーセント

これによりa社は被告Y1組合に対し、

平成九年四月二三日に二三九六万六八〇〇円、

平成一〇年四月二三日に二三五三万一〇四〇円、

平成一一年四月二三日に二三〇九万五二八〇円、

平成一二年四月二三日に二二六五万九五二〇円、

平成一三年四月二三日に二二二二万三七六〇円

の支払義務を負っている。

2(相殺の意思表示)

被告Y1組合はa社に対し、平成九年五月一日、同被告がa社に対して有する右平成九年度分の建築協力金返還請求権をもって、a社の同被告に対する本件建物の同年五月分以降の賃料債権と対当額において相殺する旨の意思表示をした。なお、右意思表示を通知するに際してその通知書に落丁があったため、平成一〇年四月二八日に念のため明瞭を期して右内容の意思表示をした。

〔被告Y2社〕

1(建築協力金返還請求権の存在)

被告Y2社はa社に対し、昭和五八年六月四日、本件建物の建築協力金として次のとおり金員を貸し付けた。

(1) 金額   二五〇〇万円

(2) 据置期間 一〇年間

(3) 返済方法 平成六年五月から平成一五年五月まで毎年五月三一日元金は均等に分割して二五〇万円を、これに併せて年利二パーセントの経過利息を付して支払う。

(4) 利息   据置期間中は無利息とし、同期間経過後は年二パーセント

2(支払の明細)

a社は被告Y2社に対し、次のとおり右建築協力金の支払をした。

(1) 平成七年四月一三日に三四三万四二四七円

ただし、平成六年五月三一日を弁済期とする二五〇万円及び平成五年六月一日から平成七年四月一三日までの利息九三万四二四七円

(2) 平成七年七月一三日に二六一万九五八一円

ただし、平成七年五月三一日を弁済期とする二五〇万円及び平成七年四月一四日から平成七年七月一三日までの利息一一万九五八一円

(3) 平成八年六月五日に三〇六万四五〇〇円

ただし、平成八年五月三一日を弁済期とする二五〇万円及び平成七年七月一四日から平成八年六月五日までの利息(残り一二万六一四四円については利息に充当する。)

3(未払分)

その後a社から被告Y2社への返済金はない。右貸付金の元金返済分については平成九年五月三一日を弁済期とする二五〇万円及び平成一〇年五月三一日を弁済期とする二五〇万円の合計五〇〇万円が未払いとなっている。

4(相殺の意思表示)

被告Y2社はa社に対し、次のとおり右貸付金返済金元金を自働債権として相殺の意思表示をした。

「自働債権」

被告Y2社がa社に対して、昭和五八年六月四日に貸し付けた二五〇〇万円の消費貸借契約に基づく返還請求権のうち平成九年五月三一日、平成一〇年五月三一日を各弁済期とする各元金二五〇万円の合計五〇〇万円

「受働債権」

平成八年一〇月分から平成九年二月分までの未払賃料等の四五九万八四四六円

四  抗弁に対する認否

〔被告Y1組合の抗弁について〕

賃料額は否認するが、その余の抗弁事実は明らかに争わない。

〔被告Y2社の抗弁について〕

抗弁事実は明らかに争わない。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  取立権限について

請求原因1(賃料債権)、同2(取立権限)の事実は、被告Y1組合の賃料額を除いていずれもそれぞれの当事者間に争いがない。

二  被告Y1組合の賃料額について

1  ところで、被告Y1組合は別紙物件目録記載の建物の一、二階部分の賃料について、従前は月額賃料二四九万七六四七円で賃借していたことを認めた上で、a社に対し平成九年三月四日に同月分から賃料を月額一七四万八三五三円に減額する旨通知したから月額賃料は右額に変更された旨主張するので検討する。

2  弁論の全趣旨により成立の認められる≪証拠省略≫によれば、株式会社京都不動産鑑定所が平成一〇年七月二三日付けで平成九年三月四日時点の別紙物件目録記載の建物の一、二階部分の適正継続賃料額を二二二万一一〇〇円と判断している事実を認定することができる。しかし、本件は取立訴訟であってa社の有する賃料債権が訴訟物であるのにa社は当事者とされていないこと、右の額は一方当事者から提出された資料に過ぎないこと、右額は結論としても従前の賃料額と大きくは異ならないことに鑑みれば、いまだ従前賃料額が不相当となったとまではいうことはできない。

三  相殺の抗弁について

1  被告Y1組合の賃料額は右二で認定したとおりであり、被告らが建築協力金返還請求権をa社に有すること、被告らが相殺の意思表示をしたことは原告においていずれも明らかに争わないのでこれらを自白したものとみなす。

2  さて、自働債権が受働債権の差押え以前から発生している場合、第三債務者はその差押えの後にも相殺をすることができるのであって、このことは差押えが抵当権の物上代位による差押えの場合でも、別異に解する理由はないから、第三債務者は相殺をすることができると解するのが相当である。

3  この点、原告は抵当権の物上代位による差押えの効力発生以前に第三債務者が反対債権を有していたとしても、差押えの効力発生前に相殺適状に達しかつ相殺の意思表示がされない限り、抵当権の物上代位に基づく差押えが優先すると解すべきであるとし、その根拠として、(1)抵当権の物上代位は優先弁済権に由来すること、(2)抵当権設定登記により公示されていること、(3)差押えが要求されるのは第三債務者の二重払いを防ぐ意味であること、(4)相殺の担保的機能は事実上のものにすぎないことを挙げる。これに対しては、①抵当権に優先弁済権があり、その物上代位が債権回収に重要な役割を果たしていることは首肯定することができるにせよ、債権執行の次元でその優先性を無限定に主張することができるかは問題であること、②抵当権は公示されるから第三者に不測の損害を与えないという論理は、抵当権が登記されて以降に現れた第三者との関係で意味を有するに過ぎないこと、③第三債務者にとっては二重払いも相殺の期待を奪われることもその苦痛には大差がなく、二重払いを防ぐ意味に限定する実質的な理由はないこと、④相殺の期待権をどの程度保護すべきかは価値判断であることなどの反論が考えられ、結局のところ、差押えには第三債務者の行為により債権が消滅し又は内容が変更されることを妨げる効力はないというほかなく、第三債務者が物上代位による差押えを受けたからといって当然に相殺を禁じられるべき謂れはない。

4  なお原告は、受働債権は将来の賃料債権であっていまだ発生しておらず、また差押え後に取得した債権である旨主張するが、基本となる契約が成立し、時の経過により発生すると認められる継続的給付債権を受働債権とすることに支障はなく、原告の主張は失当である(原告の差押えも同じ基盤に立つ。)。

5  以上のところからすれば、被告らの相殺の抗弁は理由があるというべきであり、その結果、①被告Y1組合がa社に対して有する平成九年度分の建築協力金の返還債権二三九六万六八〇〇円を自働債権として、a社が被告Y1組合に対して有する平成九年五月分から平成一〇年三月分までの賃料債権二七四七万四一一七円を相殺に供し、結局、差し引き三五〇万七三一七円の賃料債権が残存することとなり、②被告Y2社がa社に対して有する建築協力金返還請求権のうち平成九年五月三一日、平成一〇年五月三一日を各弁済期とする合計五〇〇万円を自働債権として、a社が被告Y2社に対して有する平成八年一〇月分から平成九年一一月分までの未払賃料等の四五九万八四四六円が相殺により全部消滅したこととなる。

なお、被告Y1組合は、平成一〇年度分の建築協力金の返還債権を自働債権とする相殺を主張するようにも見えるが、答弁書の記載に明らかなようにこれに対応する受働債権は平成一〇年五月分以降の賃料債権であって、これらは訴訟物となっていないので、この点の判断は不要である。

四  結論

以上のとおり、原告の被告Y1組合に対する請求は三五〇万七三一七円の支払を求める限度で理由があるから右限度で認容し、その余の部分は理由がないからこれを棄却し、原告の被告Y2社に対する請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民訴法六一条、六四条本文を、仮執行の宣言について同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山本和人)

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